TPS-Report『招き猫タマ』

【社長エッセイ】
初代招き猫「タマ」が豪徳寺へ帰りました。--- 会社創立20周年に寄せて ---

「タマ」は12年前に東京都世田谷区の豪徳寺から譲り受けました。 それから長く会社の様子を見つめ続けてきました。 今年で創立20周年になるのに因み「タマ」を慰労とお礼の意味で、お寺にお返しすることに決めました。

平成27年7月2日梅雨の合間の午後の静かな日でした。寺の招猫殿では数千の仲間たちが待ち受けていました。 その中の隙間を見つけお返ししました、ここは安住の地です。

寺の事務所で更に一回り大きい2代目の「タマ」を求めました。多分この「タマ」も会社の将来を末永く見守ってくれると思います。

豪徳寺
1480年に世田谷で開山しました。江戸時代にこの地が彦根藩領となり、 井伊家の江戸における菩提寺となったことから、藩主井伊直孝の法号の一部の豪徳を取り1633年に曹洞宗の豪徳寺となりました。

寺の由来
当時は貧乏寺であった門前を井伊直孝の鷹狩りの一行が通りかかったとき、山門に座った白い猫が一行に手招きしたそうです。 何だろうと思って中に入り湯茶を所望して和尚と話を始めた直孝は和尚の話に感銘を受け、その直後に始まった大雷雨から逃れた縁起によりここを彦根藩の江戸の菩提寺に決めました。井伊家の庇護により豪徳寺は大きくなり隆盛を極めました。 寺には桜田門外の変で遭難した大老井伊直弼の墓や近代三大書家の一人の日下部鳴鶴(旧彦根藩士)の墓などもあります。

白い猫
和尚は猫を、吾子のように自分の貧しい食事を分けてあげ大事に育てていました。 和尚が猫に向かい「お前も恩を知るならば、何か果報を持って来いよ」と言っていたそうです。この猫の働きから井伊直孝を寺へ招き入れ、寺が発展したという招き猫の伝説が生まれました。

飼い猫は亡きあと招猫殿に祀られ、今もご利益に与ろうと数多くの参詣者があります。彦根市のゆるキャラの「ひこニャン」はこの猫がオリジナルです。


初代「タマ」(写真中央)

2代目「タマ」

豪徳寺の招き猫、集合写真