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【社長レポート】
ロシア科学アカデミーシベリア支部
細胞学・遺伝学研究所の「キツネの家畜化研究」

ロシアについては日本では領土問題などもあり、否定的に考える風潮がある。しかしロシアにはノーベル平和賞受賞・物理学者アンドレイ・サハロフ(1921~1989) に代表されるインテリ階層は、日本には居ない不屈の魂を持った存在があることを知っている。私は勇気と使命感をもって自分の意見を発言するロシアのインテリ 階層の科学者やジャーナリストを尊敬する。彼らは日本人には無い階層だからだ。私が理解しているロシアのインテリの系譜は、古くは19世紀の皇帝に反乱を起こし て死刑やシベリヤへ流刑にされた貴族階級の将校達らのデカブリストの乱から始まる。

ウラジーミル・レーニン(1870~1924)ら共産主義革命たち、共産党政権の時代には身の危険を顧みず声をあげたサハロフ、ノーベル文学賞作家アレクサンドル・ソ ルジェニーツン(1918~2008)、詩人・歌手ウラジーミル・ヴィソツキー(1938~1980)などがおり、ごく最近では2006年に暗殺されたジャーナリストのアンナ・ ポリトコフスカヤ(1958~2006)はじめ多くのジャーナリスト達がその系譜を引継いでいる。今回紹介する、キツネの家畜化研究を行った生物学者ドミトリ・ ベリャーエフ(1917~1976)も、その勇気あるインテリの一人である。

私が彼の研究を知ったのは、ロシア科学アカデミー・シベリヤ支部の細胞学・遺伝学研究所(INSITUTE OF CYTOLOGY AND GENETICS)に関する 2011年の2つのニュースからであった。

第一は「週刊文春」2011年9月1日号に青山学院大学教授 福岡伸一先生の「福岡ハカセのパラレルターン パラドックス」 「ロシアの村上春樹」である。

これは福岡先生が初めてロシア科学アカデミー・シベリヤ支部ノボシビルスクのアカデミゴロドークにある「細胞学・遺伝学研究所」を訪問し「キツネの家畜化」の 研究を見て、帰路で見聞したモスクワでの印象記である。

そして第二は、福岡伸一先生が訪問したこの研究所の「キツネの家畜化」研究を特集した「いのちドラマチック夏休みスペシャル オオカミはこうしてイヌになった ~遺伝子1万5千年の旅~」であり、8月26日にNHKのBSプレミアムで放映された。

そこには細胞学・遺伝学研究所の「野生のキツネ」を「家畜のキツネ」にする研究が紹介されていた。ロシアは昔から冬の寒さに備えて毛皮の国内需要は大きく、 また輸出も大きな産業であった。いまもこのシベリヤの研究施設には10ヘクタールに多数のキツネ小屋が並び3千匹が飼育されており、毛皮動物の研究をしている。

キツネの家畜化研究の源泉はソ連時代までさかのぼる。ソ連時代の1954年頃に科学アカデミー会員、細胞学・遺伝学研究所所長ベリャーエフが、イヌの近縁種で あるが家畜にならなかったキツネに注目したのが始まりである。

当時は、ソ連の農学者トロフィム・ルイセンコ(1898~1976)はメンデルの遺伝学を完全に否定し、生物は後天的に獲得した性質が遺伝する(環境によって遺伝子が 変わる)と言う学説を1934年に提案した。これがスターリンに絶賛され1937年にルイセンコはソ連の農業科学アカデミーの総裁になった。この学説はマルクス・レーニ ン主義の弁証法的唯物論を証明するものともてはやされ、その後1964年にフルシチョフが失脚するまで一世を風靡した。ルイセンコと共産党はメンデル遺伝学者たち を激しく攻撃して追放し強制収容所送りにし粛清までした。

ベリャーエフの「キツネの家畜化」の研究はルイセンコ学派からメンデル遺伝学の研究との関連が疑われた場合には、共産党政府により強制収容所へ送られるか粛清される危険があった。しかし彼は学者としてメンデル遺伝学に基づく「キツネの研究」を、勇気をもって研究を始めたのだ。しかし一時は研究所を追われたが幸い復職できた。

作家の立花隆は田中角栄の資産形成の過程を「田中角栄研究」として1976年に刊行した。これは大きな社会的な反響を呼び、田中角栄失脚の一因になった。しかし新聞記者たちはその本を見て「そんな事は昔から知っている」と言ったそうだが、誰も知っていながら報道をしなかったのだ、今もその体質は変わらない。大新聞社には満州や中国での戦争の戦火を煽り立て、太平洋戦争へと導いた大きな責任がある。スタンスは体制側にありながら(表面的には反体制)、記事を面白くして売ればよいという本質は売文屋と言われる所以である。現代の日本のジャーナリスト達は大事な事には後難を恐れて沈黙してしまっている。ロシアのインテリ層のつめの垢でもせんじて飲ませたい気がする。

ベリャーエフはおとなしい銀キツネを全国から雌100匹、雄30匹を集め交配と選抜によって、性格がどのように変わるかの実験を開始した。

4~6世代には尾を振り、また甘咬みをする人好きのキツネの出現率は1.8%であった。10世代目には18%、30世代目には49%、50世代目には85%になった。

これらのキツネには巻き尾、短尾、たれ耳、骨格の変化(丸くなる)や白い星状の斑点の毛を持つものが現れた。人好きのキツネたちはイヌの様に知能が高く、イヌのような芸もするし、室内でイヌ・ネコと同居できる。人間とコミュニケーションが出来るのである。

オオカミとイヌのDNA配列はほとんど同じで交配も出来るが、種類や性格が違う。「家畜化されたキツネ」も遺伝子的に「野生のキツネ」と同じで変化は無いが、DNA配列以外の変化(エピジェネティクな変化)があるのではないかと言っていた。家畜キツネはアドレナリンの分泌が少ないとも言われ、多くの研究報告がある。

50世代の交配と選抜と簡単に言うが、イヌでは交配可能になるには生まれてから1年かかる。キツネもほぼ同じと考えられるので、約40~50年間の年月が必要であったの だ。人類がこれまで家畜化した動物は牛、馬、ラクダ、羊、ヤギ、イヌ、ネコなど15種類にすぎないと言われているが、「キツネの家畜化」は短期間で成し遂げた研究者 の快挙である。しかし、短時間で成し遂げられたと言っても、研究者にとっては一生をかけた研究であった。ベリャーエフのモスクワ大学時代の教え子であり、研究活動 を共にしてきた女性の生物学博士 リュドミーラ ・トルート(Lyudmila N. Trut)は77歳のいまもこの研究を引継いでいる。

このキツネの研究については㈱ユニサービスの社長の新田さんの 執筆記「ペットギツネ」に更に詳しい記述がある。彼女はノボシビルスクで大学やソフト会社などで7年間も働いた、ロシア語にもロシア社会の事情にも明るい人だ。私もこの文を書くにあたり写真の提供を受け、また記事を参考にさせてもらった。ペットキツネやロシアに興味のある方はこのホームページを見ることをおすすめする。

引用文献

  1. 週刊文春2011年9月1日号66頁 青山学院大学 教授 福岡伸一著「福岡ハカセのパラレルターン パラドックス」 「ロシアの村上春樹」
  2. NHK・BSプレミアム「いのちドラマチック夏休みスペシャル オオカミはこうしてイヌになった~遺伝子1万5千年の旅~」 2011年8月26日
  3. 写真・資料の提供:(株)ユニサービス 
  4. 火薬学会誌「EXPLOSION」 第21巻 第3冊 通巻62号 大森正義 ロシア科学アカデミー・シベリヤ支部について―2
2012年3月30日